雑感日記

92歳を迎えた年寄りですが、まだ夢いっぱい。カワサキ二輪の世界に40年。引退後はネットの世界と共に、毎日1万歩・アクテイブタイム1時間。頑張っています。思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

2007-03-01から1ヶ月間の記事一覧

相信会

川崎重工業のOBたちの集まりである「相信会」の春の会合が神戸の元町であって出席した。 このブログにも度々登場する高橋鉄郎さんが会長で、山田、大槻、田崎、稲村、北村さんなどレースや仕事で一緒に同じ時期を経験した仲間たち、そのほか脇本,砂野、柏…

KSS物語ー4 昔話-48

KSS物語ー4(1991年以降) 新会社KSSも3年目で軌道にのり更にいろいろなソフト事業への挑戦が続いたのである。 平成3年3月3日オープンを目指した札幌のショールームが予定通りオープンし東京の神田ショールームもスタートした。 7万台を目指…

KSS物語ー3 昔話-47

KSS物語ー3(1990年度) KSSの2年目もは、ソフト戦略展開のベースになる部分が次々に実行に移されていった年度であった。 まず1月には新販売網ARK契約がスタートした。ジェットスキー(J/S)のARKも統一展開を図ることになった。 従来…

KSS物語ー2 昔話-46

KSS物語ー2(1989年度) 新しい会社の設立で中心となったコンセプト、「ソフトの事業化」について一番求められたのは企画力の強化である。 「ソフト機能の強化」とは、 「異質性を組み合わせる力の強化であり、コンセプトの組み上げ方のノウハウを提…

KSS物語ー1 昔話-45

KSS物語ー1 1988年10月55才の秋、3度目の国内担当となった。 単車事業部の業績も安定し昔のような販社再建という役割ではなく国内市場に真に期待が掛けられている状況であった。 年からいっても最後のご奉公と思ったし、事業本部長でカワ販の社長も兼務…

スポーツシーズン開幕

「春は選抜から」高校野球の開会に続いて一斉に各種スポーツがスタートした。 こんなに一斉に毎年スタートしていたのだろうかと思うほどである。 日曜日の朝刊はスポーツニュース満載である。 まずフィギュア世界選手権、安藤、浅田が金銀と逆転の制覇である…

ソウルオリンピックの思い出

1988年10月、ソウルのオリンピック委員会の招聘を受けて、オリンピックの開会式の当日スタジアムの直ぐ横を流れる漢江(ハンガン)でジェットスキーのデモンストレーションを行うことになった。 オリンピックとあってデモを行う選手も、アメリカ、ヨーロッパ…

WITH太田さんとの出会い

ブログをやっていて、「いろんな出会い」にそれこそ「出会う」のである。 今回も、二輪車新聞の衛藤さんの「忍者創業40周年」という記事を読んでブログを更新したら、「NINJYAファンならぬ忍者ファン」という忍者の伊藤さんのファンと称する方から丁寧なコ…

40年も経つと

先日久しぶりに仙台へ行った。 仙台に住んでいたのはもう40年も前のことである。 その頃はまだ人口も50万人を切っていたし、仙台駅もまだ昔のままで勿論新幹線も開通前で、駅のウラ辺りも未開発のままであった。 今回、仙台の町を久しぶりに見て特に周辺…

テクノラテイー2

つい先日、テクノラテイという検索サイトを見つけた。 インターネットの世界は「ただただスゴイな」と感心するばかりのことが多いのだが、このような素晴らしい検索サイトがどのようにしたら出来上がるのか。 技術オンチの私などはただ驚くばかりである。 イ…

SPA直入物語ー5 昔話ー44

SPA直入物語ー5起工式から丁度1年後の1990年4月15日、SPA直入はオープンイベントで幕を開けた。金谷、和田、清原、宗和などカワサキに関係したライダーたちが参加してくれてイベントを盛り上げてくれたが、主役は何といっても自分の愛車に乗って集…

SPA直入物語ー4 昔話ー43

SPA直入物語ー4事業部内のコンセンサスは問題なかったが、財産物件に関するマターなので本社の了解が必要なのは当然のことである。ひと昔前なら難しかったと思うが、経営危機を乗り越えて事業の将来性にも目途が立ち社内の単車事業を観る目が変わっていたの…

テクノラテイ

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㈱忍者40周年

家に送られてきた二輪車新聞に「忍者創業40周年」の記事が載っている。 伊藤さんのところ40周年だったのだ。先日仙台の服部君のお店の30周年記念に出席したが更に10年早かったのだと思った。 大阪ではじめて伊藤さんと会ったのは1970年の末だか…

SPA直入物語ー3 昔話ー42

SPA直入物語ー388年3月11日、大分県直入町の所有地内に小型のサーキットを建設しようというプロジェクトはスタートしたのである。たまたま営業にいた岩崎茂樹君と組んでこのプロジェクトを進めたのだが、はじめての経験ではあったが、二人ともレースマ…

SPA直入物語ー2 昔話ー41

SPA直入物語ー2いろいろあったが、テストコース建設のための土地は購入されたのである。現在SPA直入はどちらも1.43キロのオンロードコースとアドベンチャ林間コースの二つで運営されているが、これは所有の土地のほんの一部を使用したもので、土地全体…

SPA直入物語ー1 昔話ー40

SPA直入物語ー1 SPA直入も今年1月1日から㈱オートポリスの一部門として一括運営されるようになったとか。 今から30年以上も前から、いろいろと問題もあったプロジェクトだが、本当にいい形で決着がついてよかったと思う。 SPA直入については、…

海外販社再建方針 昔話ー39

海外販社の再建方針と前田祐作君 1982年9月1日、本社が出した標記計画書が手元に残っている。 陽の目をみることはなかったのだが、当時の難しい状況の中でいろいろ考えられた案の有力なものの一つではあった。 もう25年も前の話だが、こんな話があっ…

みっきいふれあいマラソン

先週の日曜日、みっきいふれあいマラソンが行われた。 今年から防災公園の方に会場が移されたようである。 家の直ぐ近くだし観覧席もあったようなので、観に行けばよかったと思っている。 有名選手が出場するような本格的なものではないが、子供からお年寄り…

何でもあり

各地方の議会が始まる時期らしい。 議員からの事前質問に対して、どこでも熱心に勉強会があるのが普通のようである。 何度もこのブログで採り上げている武雄市の樋渡市長が明日から始まる議会に望む態度をブログに書かれている。 私が何度も樋渡さんのことを…

宇田川勇くんのこと

先日服部カワサキの記念パーテイに元岩手カワサキの山本昌三郎君が出席していて、宇田川君や石塚君などの昔話に花が咲いた。 メイハツ工業に入社してからカワサキへ、私が40年前、仙台で会った時まではベテランのサービスだったのだが、私同様その時から営…

ハーレーダビッドソンジャパン

手元に「アメリカ車はなぜ日本で売れないのか」と題する奥井俊史著の1冊の本がある。 奥井さんは、いま二輪の大型車で快走を続けているハーレージャパンの社長さんである。 トヨタ自動車で輸出や北京事務所長などを歴任された後、ハーレーという二輪の世界…

私の宝物  昔話ー38

私の宝物ーゴルフ優勝カップ 家の飾り棚に、真っ黒な純銀製のゴルフの優勝カップが飾られている。 昭和50年から55年までの5年間に13回開催されたゴルフコンペで、当時企画室長、営業総括部長を兼務された堀川運平さんが主宰された「企営会の優勝カッ…

ガレージ

福井昇君から久しぶりにコメントが届いた。 今回は、ジェットスキープラザ明石ではなくて、新しくガレージがリンクしてあった。 覗いてみたが、いい趣味である。 このような趣味をどのように言うのかよく知らぬが、結構お金も掛かりそうである。 お金がない…

あの当時と今

今から40年も前1970年頃のことだが、 当時、東北はカワサキにとって最大の市場で岩手カワサキは毎年日本で一番の実績を挙げていた。 ただ私が本当に残念に思ったのは、当時メーカーの方針に協力し台数を売ったデーラーほど逆に経営は苦しかったのであ…

30周年記念パーテイの祝辞

昨日、仙台の服部カワサキの服部社長に招待されて、仙台国際ホテルで盛大に開かれた30周年記念のパーテイに出席した。 服部君とも、奥様とも本当に10数年ぶりの再開である。 3、40年も前に一緒に仕事をした仲間たち、海老沢君、岩手の山本君,遠野の…

三木総合防災公園に思うこと

防災公園の中にある世界一のEデフエンスは、 大地震の住宅耐久実験などTVなどでも最近よく紹介されている。 昨年は天皇、皇后両陛下も施設の見学もされた。 三木市の防災総合公園にあるこの施設も確かに世界一で立派だとは思うが、 広大な面積(202ha…

英語版の雑感日記

昨日の朝、アクセス解析を見ていて不思議に思った。 今朝も同じようなことが起こった。 「アクセス元URL」という、どんなところからのアクセスがあったのかを示してくれる項目があるのだが、 そこにドイツ語と思われるページが幾つも現れるのである。 そ…

タイプロジェクトー3 昔話ー37

タイプロジェクト-3 豪華川崎GTO青春物語と題する小池君の自分史だが、その中心は1979年9月に発表され10月に全国一斉に発売された、 「Kawasaki GTO Luxurious Sports」 (2ストローク、110cc、15ps/8500rpm、5速)である。 豪華川崎と…

タイプロジェくクトー2 昔話ー36

タイプロジェクト-2 新GKMがスタートした後も、順調に推移したわけではなっかった。 その頃現地の小池君が本部の私宛にレポートを送り援助を要請してきている。 その内容は 1.競争力のある新車種の開発 2.現行車種のマイナーチェンジ 3.販売促進…