★ 現役時代、1961年に新しくできた単車営業課に異動し、1999年に退職するまでの約40年間をカワサキの二輪事業に従事したのだが、事業の文字通り創成期時代で有ったので、「新しく創る」ことが多かったのである。
初めてできた広告宣伝課も担当したし、カワサキレースの初期も担当した。
若かったけど、すべてが前任者がいない仕事なので新しく創っていくことばかりだったが、それは私の性分に合っていたのか、そんなことばかりやってたので「新しいこと」をやることに全く慣れてしまった感があり、自分の人生を振り返ってみると「新しいことばかり」やってきたような気がする。
そんな中でも Kawasaki. Let the Good Times roll というコンセプトの出会いが、その後の私の人生の根幹をなした生き方になったような気がするので、
このコンセプトについて、何回かに分けて自分の想いを語ってみたいと思うのある。
このコンセプトは1973年にアメリカのKMCによって創られたもので、その歌もあったし大いにもてはやされたものである。

当時のアメリカのKMCの社長は浜脇洋二さんで、私が初めて「The Good Timesコンセプト」に出会ったのは、浜脇さんの明石工場での講演なのである。
当時まだ30代半ばだったが、非常に感動したことを覚えている。
ただ、このコンセプトは当時のアメリカだけで使われたもので、何年か後にはアメリカでも消え失せてしまって、世の中には存在しない時代が続いたのである。
かって、単車事業本部長時代の大庭浩本部長が国内販社社長を兼務されたとき、「国内7万台販売」という大目標を掲げられたのだが、現実の台数の2倍以上というあまりにも大きな目標であったため、現実の目標となるのは難しくそのままになっていたのである。
大庭浩本部長が本社に戻られて川重社長になられて、そのあとを高橋鐵郎さんが単車事業本部長で国内販社社長も兼務されることになるのだが、その時私に国内市場担当を命じられ、「7万台販売」も同時に課されたのである。
私にとっては3度目の国内担当だが、今回は国内全市場を指揮する立場で、さらに7万台という途方もない大目標を与えられたので、これは二輪市場を巻き込んでの大きな展開を図らないと目標達成などおぼつかないと思ったのである。
その決意の表れとして掲げたのが、
Kawasaki. Let the Good Times roll というコンセプト で、
アメリカで創られたコンセプトなので正規の日本語訳はないのだが、
高橋鐵郎さんは「カワサキに出会う人たちがみんなハッピーになるようにカワサキは転がし続けます」と訳されたのだが、私自身も「カワサキに出会う人たち」ユーザーや社会の方たちが、みんなハッピーになるような事業展開をやろうと決意したのである。
そして、高橋さんは国内だけでなく事業本部も海外販社も含めたコンセプトとされたのである。

そして、このコンセプトは単車出身の田崎雅元さんが川重社長をされた時代に、
川崎重工業の企業コンセプトにされたのだが、社長退任後は消えてしまったのである。
これがこのコンセプトの2度目の消滅なのである。
この続きは次回に・・・